【何した】角田信朗はなぜ干された?消えたと言われる3つのやらかしとは!

角田信朗(かくた のぶあき)さんといえば、格闘家、歌手、タレントと、マルチに活躍していますね。

以前は格闘技イベント「K-1」で人気を集めていましたが、最近あまりメディアに露出していません。

そんな角田信朗さんですが、一部で「干された」と言われています。

そこで今回の記事は、

・角田信朗はなぜ干された?
・角田信朗が消えたと言われるやらかしは!
・角田信朗のwiki経歴プロフィール!

こちらの内容でまとめていきます。

目次

【何した】角田信朗はなぜ干された?

角田信朗さんは、以前「干された」「消えた」と話題になっていました。

角田信朗さんは、総合格闘技、K-1で名勝負を繰り広げ、《涙と感動の浪花男》と呼ばれています。

引退後もボディビルダーや俳優、歌手とマルチに活躍。

現在は企業が顧客となり、イベントの決起集会で歌ったり、応援する仕事をしているそうですよ。

そんな角田信朗さんは、2017年にSNSで炎上。

それをきっかけに、多くの人が離れていき、どんぞこを味わったそうです。

【何した】角田信朗が消えたと言われる3つのやらかしとは!

角田信朗さんが「消えた」と言われたのは、何が原因なのでしょうか。

調べてみると、3つの理由が当てはまりました。

角田信朗が消えたと言われる理由

①松本人志と共演NG
②ブログで炎上
③ミスジャッジとK-1衰退

1つずつ順番に見ていきましょう。

理由①松本人志と共演NG

角田信朗さんが「消えた」と言われた理由1つ目は、松本人志さんとの共演NGです。

角田信朗さんは2009年ごろ、ダウンタウンの番組「ダウタウンのガキの使いやあらへんで」の出演オファーがありました。

そこでは、企画「芸人対抗・叩いて被ってジャンケンポン選手権」のレフリーとして依頼があったようです。

しかし当時は、K-1がジャッジやレフェリングに問題提起され、物議を醸していました。

そして、「アルバート・クラウス vs. 武田幸三」のレフェリーを務めた際、ストップの遅さで炎上。

角田信朗さん自ら業務自粛を申し出て、3か月の業務停止処分を受けました。

そんな中、K-1最高責任者である角田信朗さんが、バラエティ番組に出ていいのか?と悩んだとか。

さらに、K-1イベントサイドからも自粛の要請があったため、泣く泣くオファーを断ったと言います。

結果的に、前日にドタキャンすることになってしまったのですね。

それから1年後、「ダウンタウンDX」へのオファーがあり、快諾。

角田信朗さんは、「松本人志さんへのお詫びができるチャンス!」と喜びました。

しかし、収録当日に中止に。

なんとその理由が「台本に角田の名前を見つけた松本が、『収録は中止や!!』と言ったから」でした。

「正当な理由」が松本人志さんに伝わっておらず、「行き違い」が生じたとのこと。

角田信朗さんは松本人志さんを怒らせてしまったと、和解を求めようとするも、確執は解消されませんでした。

理由②ブログで炎上

角田信朗さんが「消えた」と言われた理由2つ目は、ブログで炎上したことです。

角田信朗さんは2007年、前述の共演NG騒動をブログで公開。

角田信朗さんとダウンタウンは何度もバラエティ番組で共演し、仲の良い関係を築いていました。

8年もたってから騒動を告白したことで、「今更感」と炎上する事態となりました。

これについて松本人志さんは、「ワイドナショー」の中でコメント。

「角田さん側はOKやったんですよ。レフェリーの衣装まで全部決めてるんですよ、打ち合わせで。ところが、「ガキ使」の収録って水曜日なんですが、2日前の月曜日にドタキャンされたんですよ。」

引用:週刊現代

レフェリーの代役も見つからず、時間もなくて収録が流れてしまいます。

参加する芸人らのスケジュールも押さえていたので、「大問題」と話していました。

「僕が怒っているとか、そういうことではなくて、番組の問題とか、吉本(興業業)とか、もっと言えば日本テレビとの問題なので。僕が共演NGとか、そんな小っちゃい話では、もうないんですよ。」

引用:週刊現代

角田信朗さんが8年たって急に名指しで告白したことに、不快感をあらわにしていました。

松本人志さんは急に一方的にブログで発信したことも、「ルール違反」と言っています。

角田信朗さんは関係修復を願い、ブログで告白したのですが、火に油を注ぐ結果となってしまいました。

「売名行為」「炎上商法」と、多くの批判が寄せられ、炎上する事態に。

角田信朗さんは仕事を干され、一時期無職に近い状態だったそうです。

理由③ミスジャッジとK-1衰退

角田信朗さんが「消えた」と言われた理由3つ目は、ミスジャッジとK-1衰退です。

1993年に誕生した「K-1」は、ゴールデンタイムでも中継され、ビッグイベントとなりました。

角田信朗さんはその中心的存在で、約20年間も常に『K-1の角田』と呼ばれています。

しかし、徐々にK-1は衰退。

イベント創設者が脱税で逮捕され、格闘技雑誌の編集長・谷川氏が後任に。

贔屓で特定選手だけ持ち上げ、選手がタレント化したことも原因と言われています。

そんな中、前述したミスジャッジ事件も発生し、角田信朗さんは業務停止処分を言い渡されました。

色々な要素が重なり、角田信朗さんが活躍する場が減ったのも、消えた理由の1つでしょう。

全盛期は思い上がっていたこともあったと振り返る、角田信朗さん。

干されたのは松本人志さん騒動の影響だけでなく、「K-1角田」の賞味期限が切れた時期でもあったそうです。

角田信朗のwiki経歴プロフィール!

氏名  :角田 信朗(かくた のぶあき)
身長  :174cm
体重  ;95kg
生年月日:1961年4月11日(63歳)
出身地 :大阪府堺市
血液型 :AB型

幼少期にいじめられっ子だった経験から、空手を習うようになります。

高校2年生のときに、極真空手・芦原道場に入門。

関西外国語大学進学後、実戦空手同好会の主将を務めました。

大学卒業後、不動産会社の社員や、ラーメン屋店員として勤務。

その後、本部道場の職員、師範代となりました。

中学・高校の英語教員免許を持っており、文武両道なんですね。

1991年12月7日、総合格闘技団体リングスに参戦。

一度現役を引退するも、1995年7月16日に「K-1 LEGEND 翔」で現役復帰。

2001年4月には、NHK『天才てれびくんワイド』の司会者に就任。

2003年5月3日を持って、2度目の現役引退となりました。

その後は、レフェリーや競技統括プロデューサーとしてK-1をけん引。

2015年からは、ボディビルダーとしても活躍し、世界選手権で入賞しています。

その後も、舞台俳優や歌手、タレントとして活動しています。

まとめ

今回の記事は、

・角田信朗はなぜ干された?
・角田信朗が消えたと言われるやらかしとは!
・角田信朗のwiki経歴プロフィール!

こちらの内容でまとめました。

角田信朗さんが干されたのは、松本人志さんとの確執や誤解が生じたことが原因だったようです。

角田信朗さんが弁明しようとブログで告白したことで、火に油を注ぐ結果となってしまいました。

最後までご覧いただき、ありがとうございました。

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