野球選手の佐々木朗希さん。
ドジャースへの移籍が決定し、今後の活躍が注目されていますね。
2025年2月には、結婚を発表し、大きな話題となりました。
そんな佐々木朗希さん、実は兄と弟がいる3兄弟で、お兄さんは電通勤務のエリートと噂になっています。
メジャーリーガーである佐々木朗希さんのお兄さんが、どんな人なのか気になりますよね。
そこで今回の記事は、
こちらの内容でまとめていきます。
【顔画像】佐々木朗希の兄の勤務先は電通と噂!

日本のプロ野球史上最年少で完全試合を達成し、「令和の怪物」といわれている佐々木朗希さん。
佐々木朗希さんの兄・琉希さんのプロフィールは、こちらです。

名前 :佐々木琉希(ささきりゅうき)
生年月日:1998年(27歳 ※2025年時点)
出身地 :岩手県陸前高田市
出身高校:岩手県立大船渡高等学校
最終学歴:東北学院大学教養学部
佐々木朗希さんがお兄さんの会社について、これまで言及したことはありません。
しかし週刊誌によって、
「長兄が大学卒業後、電通に入社している」
と報じられています。

佐々木朗希さんのCMやプロモーション活動は、電通が中心となっているという情報もあるようです。
兄・琉希さんは、大船渡高等学校時代、野球部に所属し、4番打者でした。
高校卒業後は東北学院大学に進学し、ソフトボールのサークルに所属。
卒業後は電通に入社したということですね。
サークル内では、「身長も高くてカッコいい!」と、モテモテだったそうですよ。
【顔画像】佐々木朗希の兄は年収1000万超えで文武両道のエリート!

佐々木朗希さんの兄・琉希さんは、電通のエリート社員ということが分かりました。

広告代理店業界では最大手で、他企業と比較してもトップの水準だそうですよ。
年齢別の推定年収は、以下の通りです。
25歳:639万円(482万円~849万円)
30歳:900万円(678万円~1195万円)
35歳:1188万円(895万円~1577万円)
40歳:1436万円(1082万円~1906万円)
兄の琉希さんは27歳ということで、25歳・30歳の平均値の間くらいということですね。

すでに1000万円を超えている可能性もあるでしょう!
プロ野球選手のマネジメントや、スポンサーシップ交渉も関わっているそうですよ。
CMにプロのスポーツ選手を起用したり、スポンサー契約面でも大きな影響力を持っています。

プロ野球選手である佐々木朗希さんの広告面で、もしかするとお兄さんが携わっているかもしれませんね。
佐々木朗希さんはプロ2年目に、史上最年少となる20歳5ヵ月で完全試合を達成しました。
佐々木朗希と兄の強い絆エピソードを紹介!

佐々木朗希さんと兄の琉希さんは、強い絆で結ばれています。
①佐々木朗希の名付け親
②兄の影響で野球を始めた
③兄が父親代わりだった
そのエピソードを、1つずつ見ていきましょう。
エピソード①佐々木朗希の名付け親

スーパーヒーロー戦隊の「百獣戦隊ガオレンジャー」に登場する、「狼鬼(りゅうき)」というキャラクターから文字ったそうですよ。
実は佐々木家の3兄弟は、「琉希(りゅうき)」「朗希(ろうき)」「怜希(れいき)」と、すべて「R」が付きます。
母の陽子さんが、「琉」という字を使いたかったのが始まりでした。


兄弟3人とも珍しい名前ですが、特に佐々木朗希さんの名前はかなり珍しいですよね。
兄弟の名前で同じ韻を踏むことはよくありますが、お兄さんが名付けるというのもあまり聞きません。
佐々木朗希さんが誕生したときは、兄はまだ3歳ですから、よくひらめきましたね。
「狼鬼(りゅうき)」はヒーローではなく悪役の名前なのですが、かっこよくて好きだったのでしょう。

琉希さんと同じ『希』の字を入れて、『朗希』にしたというのもセンスがあります!
エピソード②兄の影響で野球を始めた

琉希さんも幼いころから野球を始め、高校までは野球部に所属。
4番レフトを打つエース選手で、実力があったようです。
佐々木朗希さんは、外でずっと駆け回るような少年で、いつも元気いっぱいだったそうですよ。

お兄さんは地元のスポーツ少年団に所属しており、その影響で同じ少年団に所属。
野球を始め、高校までずっと野球部に所属していました。
佐々木朗希さんは兄の真似をして野球を始めたのですが、最初はボールの回転がとても悪かったといいます。
今では考えられないほど、コントロールも悪かったそうです。
そして、コーチの指摘も言う事を聞かず、琉希さんが矯正しようと厳しく指導しました。

佐々木朗希さんは頑固ですぐ反発するので、よく喧嘩になっていたそうですよ。
物静かで辛抱強い性格なのですが、その反面、かなりの負けず嫌いだという佐々木朗希さん。
しかし、高校に入るころは野球のレベルがぐんと上がったので、兄の琉希さんは指導できなくなったそうです。
エピソード③兄が父親代わりだった

佐々木朗希さんは、小学生のときに東日本大震災を経験しています。
野球を初めてから、兄や父親と練習に励んでいたものの、小学校4年生になる直前に被災しています。
父親を亡くしたあとは、母親の陽子さんが保険営業の仕事で、男3人を女手一つで育ててきました。

そんな中、兄の琉希さんが、父親代わりになったそうですよ。
東日本大震災のときはまだ12歳くらいで、甘えたい盛りですよね。
琉希さんは、亡くなった父親から厳しく指導されており、その父親に代わって、弟たちに厳しいしつけをしてきました。
琉希さんはいつも弟たちに、「一番大変なのは母さんだぞ」と言い聞かせていたそうですよ。

母の陽子さんは毎朝早くに起きて3人のお弁当を作り、ユニフォームを洗濯していました。
そんな父親代わりの兄の存在があったからこそ、今の佐々木朗希さんが誕生したのでしょう。

まとめ
今回の記事は、
・佐々木朗希の兄の勤務先は電通と噂!
・佐々木朗希の兄は年収1000万超えで文武両道!
・佐々木朗希と兄の強い絆エピソード!
こちらの内容でまとめました。
佐々木朗希さんの兄・琉希さんは、電通に勤めるエリートサラリーマンで、年収1000万円超えの可能性もありそうです。
兄が佐々木朗希さんの名付け親となり、父親代わりとなって弟たちの面倒を見てきたのですね。
最後までご覧いただき、ありがとうございました。


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