【家族構成】佐々木朗希の父親母親はどんな人?震災被害で壮絶な生い立ちだった!

日本プロ野球界の若きエースで、ドジャーズへの入団が決定した佐々木朗希選手。

その圧倒的な投球と実績により、メジャーリーグでの活躍が期待されていますね。

そんな佐々木朗希さんですが、家族構成が気になっている方も多いでしょう。

そこで今回の記事は、

・佐々木朗希はかつて7人家族だった!
・佐々木朗希の父親母親はどんな人?
・佐々木朗希は3兄弟!
・佐々木朗希は震災で生い立ちが壮絶だった!

こちらの内容でまとめていきます。

目次

佐々木朗希はかつて7人家族だった!

佐々木朗希さんは、かつて7人家族でした。

父親:佐々木功太(享年37歳)
母親:佐々木陽子(50歳)
長男:佐々木琉希(26歳)
次男:佐々木朗希(23歳)
三男:佐々木怜希(19歳)
祖父:佐々木功(享年71歳)
祖母:佐々木勝子(享年69歳)

以前は岩手県陸前高田市に住んでおり、2011年には東日本大震災による津波で甚大な被害を受けました。

この東日本大震災で、父親の功太さん、祖父・功さん、祖母・勝子さんが亡くなられています。

【顔画像】佐々木朗希の父親母親はどんな人?

佐々木朗希さんの両親は、どのような方なのでしょうか。

1人ずつ見ていきましょう。

父親:佐々木功太

佐々木朗希さんの父・功太さんは、葬儀屋として勤務していました。

地元のリーダー的存在で、人望のある方だったそうですよ。

佐々木朗希さんのことも、「あの功太の2番目の子」と認識されていたと言います。

野球経験はなく、バスケットボールをしていたそうです。

身長181センチということで、佐々木朗希さんの188センチという高身長は、父親譲りだったのですね。

野球未経験ながらも佐々木朗希さんの才能を見出し、幼少期からキャッチボールの相手をしていました。

佐々木朗希さんが所属していた高田野球スポーツ少年団では、ノックや捕手役を務めています。

「バット納め」の日に父兄と子供が一緒に野球をやった。その試合で打席に立った功太さんはなんと、ホームランをかっ飛ばした。スノーボードやバスケットボールをやることはあっても、野球経験はなかったそうだ。

引用:スポーツ報知

父親は、「朗希は凄い!将来、プロになれる」と、いつも絶賛していたそうですよ。

そんな功太さんは、2011年3月11日の東日本大震災で命を落としています。

震災の大変な時期でも野球を続けたのは、父親との思い出があるからかもしれません。

学生時代は毎朝、父と祖父母の写真に向かい、「行ってきます」とあいさつして登校していたそうです。

母親:佐々木陽子

母の佐々木陽子さんは、父の死後、シングルマザーとして子供たちを育ててきました。

佐々木朗希さんの入団交渉時にはマスコミの前に姿を現し、「美人母!」と話題になりましたね。

母は保険営業の仕事をしているそうで、人当たりが良く、地元でも評判だったそうです。

気さくでおおらかな性格で、佐々木朗希さんを影でサポートしてきました。

とはいえ、夫を亡くしてからは、息子3人を育てるのに大変苦労されたと思います。

育ち盛りの男の子ですから、1週間でお米10キロを消費するほど、食費もかかります。

そんな母親に、佐々木朗希さんは大変感謝しているそうですよ。

現在野球ができているのは、間違いなく母親のおかげ。

プロ初勝利時のウィニングボールも、「両親に渡したい」と話していました。

天国にいる父にも感謝を忘れない、佐々木朗希さんの人柄がうかがえますね。

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【顔画像】佐々木朗希は3兄弟!

佐々木朗希さんは、3兄弟ということがわかっています。

長男:佐々木琉希
次男:佐々木朗希
三男:佐々木玲希

兄、弟も野球経験者のようですね。

それでは、兄・琉希さん、弟・玲希さんについて見ていきましょう!

兄:佐々木琉希

佐々木朗希さんの兄・佐々木琉希(りゅうき)さんは、3歳年上です。

岩手県立大船渡高校、東北学院大学教育学部出身で、現在は広告代理店に勤めています。

一部では、「電通ではないか」と言われているようですね。

佐々木朗希さんが野球を始めたきっかけは、兄の琉希さんでした。

佐々木朗希さんとおなじく、高田野球スポーツ少年団に所属。

佐々木朗希さんと同じチームでピッチャーだったので、兄にあこがれていたと言います。

兄弟でおなじチームでプレーしたのは1年だけだったのですが、強く思い出似残っているようです。

父亡き後は琉希さんが父親代わりとなり、佐々木朗希さんに厳しくしつけをしてきたとか。

野球も熱心に指導し、「お前のレベルの選手は大勢いる」とあえてきつく言い放ったことも。

佐々木朗希さんの負けず嫌いな性格を見抜き、あえて厳しくしました。

現在はそんな兄に感謝し、とっても仲良し兄弟だそうですよ。

弟:佐々木怜希

佐々木朗希さんの弟・怜希(れいき)さんは、4歳年下です。

岩手県立大船渡高校から、中央大学に進学しています。

佐々木怜希さんも野球をずっと続けており、中大でも活躍が期待されているようですね。

高校時代の自己最速は143キロということで、投手として非常に優秀のようです。

身長178センチで内野手としても優秀なのですが、「投手しかやりたくない」と、投手一本に絞ったようです。

ちなみに憧れの投手は山本由伸さんで、佐々木朗希さんではないそうです(笑)

親元を離れて初の東京生活となるので、不安もいっぱいでしょうね。

佐々木朗希さんとも仲良しで、大学合格時も喜んでくれたそうですよ。

佐々木朗希は震災で生い立ちが壮絶だった!

佐々木朗希さんは小学校3年生のときに、東日本大震災で被災しています。

地元の陸前高田市は津波で甚大な被害を受け、多くの犠牲者を出しました。

津波によって、祖父母と父・功太さんを失っています。

祖父の功さん行方不明のままで、祖母の勝子さんは遺体で発見されました。

功太さんは一時的に行方不明でしたが、地震発生から5日後に遺体で発見されています。

電話が鳴り、「(父が)見つかりました。」と言われ、佐々木朗希さんは驚き、喜びます。

まだ子供ですから、「見つかりました」=「無事」と思うのが当然ですよね・・・

地震発生時、母の陽子さんは仕事で隣町の大船渡にいたのですが、浸水で立ち往生することに。

翌朝5時には車で3時間近くかけて陸前高田へ向かい、3兄弟と再会します。

自宅は流され、仮設住宅の抽選にも当たらず、その苦労は想像を絶しますね。

その後は、母方の親戚がいる岩手県大船渡市へ移り、仮設住宅で生活します。

母の陽子さんは一生懸命働きながら、子どもたちの野球を応援してきました。

亡き功太さんの分も目に焼き付けようと、できる限り試合に足を運びます。

野球に有利になるよう、大きく育てようと、子供たちには早寝を促しました。

その甲斐あってか、佐々木朗希さんは功太さんをはるかに超える高身長に成長。

毎朝愛情たっぷりのお弁当を持って、野球に打ち込んできました。

このつらい経験は、佐々木朗希さんの人生に大きな影響をもたらしたことでしょう。

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まとめ

今回の記事は、

・佐々木朗希はかつて7人家族だった!
・佐々木朗希の父親母親はどんな人?
・佐々木朗希は3兄弟!
・佐々木朗希は震災で生い立ちが壮絶だった!

こちらの内容でまとめました。

佐々木朗希さんは両親と祖父母、兄、弟の7人家族でしたが、東日本大震災で祖父母と父を亡くしています。

母は女手一つで男3兄弟を育て、苦労しましたが、そのかいあって佐々木朗希さんが立派な野球選手となっています。

最後までご覧いただき、ありがとうございました。

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